牛久フロイデ混声合唱団掲示板

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「第43回 シビックコンサート」に寄せてー3 爺河童

2019/09/15 (Sun) 17:36:07

「第43回 シビックコンサート」に寄せてー3
3.「懐かしき愛の歌」 G. C. Bingham作詞、近藤玲二 日本語訳 James L. Molloy作曲、  仁田悦朗 編曲

作詞者のG. C. Bingham(1859〜1913)はアイルランドの童謡作者。その一方、大人向けのポピュラーソングも作詞、その最大のヒットがやはりこの’Love's Old Sweet Song’と言われています。
作曲者のJ. L. Molloy(1837〜1909)もアイルランド出身で、ダブリンのカトリック系大学を卒業したのち、ロンドン、パリ、ボンで学び、1863年、26歳のときに弁護士資格を得ましたが、弁護士活動は一度もすることなく、ひたすら音楽活動に没頭。当初はオペレッタを、後に、’The Old Cottage Clock’ ’Bantry Bay’’The Kerry Dance’等のポピュラー曲を作曲しましたが、最大のヒット曲は、この’Love's Old Sweet Song’と伝えられています。

G.C.Binghamの詩を日本語に訳した、近藤玲二についての詳しい情報は見当たりませんが、堀内敬三や津川圭一などとは同世代を生き、そして少し後の世代にも活躍した音楽好きの英文学者ではなかったかと思います。近藤玲二による日本語訳としては、 ロッホローモンド、ロンドンデリーの歌、コロラドの月、チリビりビン、禁じられた遊び、などが挙げられます。                       
因みに、堀内敬三が訳した「懐かしき愛の歌」が私がたまたま持っています「愛唱名歌」(株式会社 野ばら社)に掲載されています。同じ英文詩からの日本語訳でも、訳者によっては、これほどの違いがあることが分かります。

堀内敬三の日本語訳
タイトルは 「やさしき愛の歌」 となっています。
1.はるけき往古(いにしえ)の日 宵闇迫りしとき ほのかに耳に入りし そはやさしき愛の歌 妙なるその調べは 深く胸にのこりぬ

「3/4」夕べの歌 夢の声 なやみしげき この世にも しずむ心 なぐさむる
ひびき優しき 愛の歌 やさしき歌

近藤玲二の日本語訳
タイトルは 「懐かしき愛の歌」 です。
1.黄昏のともしびは いとしくも ほのぼのと 薄れゆく思い出に 愛の光をともす あこがれの輝きを 過ぎしあの日のままに 
「3/4」今宵もまた 若き日の 夢を秘めて 黄昏は 
麗しくも 懐かしき 愛の調べとなりて かえりくる

やはり、近藤玲二訳の日本語のほうが、「孤老で迎える人生の黄昏時とは、このよな心境になるのではないだろうか」と共感を覚えます。

原作の英文詩は次のように,描かれています。
原作詩  Love's Old Sweet Song 
Once in the dear dead days beyond recall
When on the world the mists began to fall
Out of the dreams that rose in happy throne
Low to our hearts love sung an old sweet song .
And in the dusk where fell the firelight gleam
Softly it wove itself into our dream
(*Chorus)
Just a song at twilight, when the lights are low
And the flick’ring shadows softly come and go
Though the heart be weary sad the day and long
Still to us at twilight comes love’s old song
Comes love’s own sweet song

G.C.Binghamの詩は、一見簡単な単語やフレーズで紡がれた詩文のようですが、詩文には、省略、倒置法、比喩、暗喩、暗示があり、私たち日本人には分かりづら箇所があって、堀内敬三も近藤玲二も苦労したものと思われます。

ところで、原詩の真意についてはあくまでも、想像するだけですが;
「人生も終わりに近づきつつある孤老の男が、黄昏せまる秋の夕べに、遠く過ぎ去った若き日に、共に過ごした今は亡き恋人との、麗しくも懐かしき日々の想い出にひたる」 或は 「若くして亡くした愛妻との思い出にひたる」 そんなシーンが浮かんできます。

―続くー

訂正版です。 爺河童

2019/09/11 (Wed) 12:32:49

「第43回 牛久市民文化祭」-2の中で、誤りがありましたので、訂正してお詫びいたします。

「誤り」
『雪の降る町を』はDm(短調)からD(長調)ではなく、いきなり,シャープが三つのA(長調)に転調しています。この転調は余り例を見ない転調といえましょう。           『長崎の鐘』はDm(短調)からD(長調)へ、吉永小百合の『寒い朝』もDm->D, 久保田早紀の『異邦人』もDm->D, カンツオーネの『帰れソリエントへ』 も同様の転調です。

「訂正」
『雪の降る町を』はAm(イ短調)から、シャープが 三ツついたA(ィ長調)に転調し、雰囲気と情景をがらりと変えています。
よく見かけるのは、DmからDへの転調ではないでしょうか。  『長崎の鐘』はDm(短調)からD(長調)へ、吉永小百合の『寒い朝』もDm->D, 久保田早紀の『異邦人』もDm->D,     カンツオーネの『帰れソレントへ』も同様の転調となっています。

「第43回 牛久市民文化祭」シビックコンサートによせてー2 爺河童

2019/09/11 (Wed) 00:17:06


2.「雪の降る町を」 内村直也 作詞、中田喜直 作曲、  仁田悦朗 編曲

『雪の降る町を』の制作秘話(インターネット情報のCopy & Paste)

『雪の降る町を』は1951年(昭和26年)、NHKラジオの連続放送劇 『えり子とともに』 の挿入歌として、急遽、創られ放送されたのが、初出とされています。ある時の放送前日のリハーサルで時間が余ることが分かり、その時間を埋めるべく急拵えで制作され放送されたところ、人気が出たため二番、三番が制作され、高英男の歌唱によりレコードも制作されて、ヒットした経緯があるそうです。               1946年から1962年にかけて、“家族みんなで歌えるホームソングをつくる” 番組が制作され放送されていました。NHKの「ラジオ歌謡」でした。この番組でよく流された歌としては、「雪の降る町を」「あざみの歌」「夏の思い出」「白い花の咲く頃」「さくら貝の歌」など。また、1961年(昭和36年)に始まった、 『みんなのうた』 第一回では、立川澄人と東京少年少女合唱隊により 『雪の降る町を』 が歌われ、燎原の火のように全国に広まったと、されています。
  
『えり子とともに』の制作陣:               原作は劇作家の内村直也、音楽担当は芥川也寸志、主演のえり子役には、阿里道子、父親役は山村聡。この放送期間中,えり子役の阿里道子と音楽担当の芥川也寸志氏の間のスキャンダルが発覚し、芥川は番組降板の憂き目に遭い、音楽担当は 中田喜直に変更されました。 
  
『雪の降る町を』の作詞者と作曲者:                                        作詞は『えり子とともに』の劇作家の内村直也(1909年8月15日 - 1989年7月27日)の手によるものです。1932年、慶應義塾大学経済学部卒、岸田國士に師事し、雑誌『劇作』同人となり、1935年に処女作「秋水嶺」を発表、戦後の作品として『雑木林』(1948年)、「遠い凱歌」(1956年)などがあり、NHKの連続ラジオ劇「えり子とともに」(1948年 - 1951年)で広く知られるようになりました。 歌詞の内容は、内村直也の解説や説明が残されていないため、真意、あるいは意図するところというものは、窺い知ることは出来ませんが、歌詞の内容から察するに、“暗くて長い雪国に暮らす人々の上にも、やがて陽光が射す明るい春が必ず訪れる” 。          この詩が、敗戦後間もない時期に創作されたことを思えば、真意は “暗くて長い耐乏生活を強いられた軍国主義時代から敗戦を機に、軍隊を持たず、戦争をしない民主国家誕生へと舵を切った日本の明るい未来の到来を期待しつつ” かも知れません。
1949年)昭和24年)に制作された映画『青い山脈』の挿入歌の歌詞に相通ずるものがあるようです。                              
作曲担当の中田喜直は、1923年(大正12年)、中田家の三番目の子供として東京都渋谷区景丘町23番地に誕生。父の章は自分の跡を継いで音楽家になるのは喜直だと生まれたときから考えていたようです。1950年(昭和25年)中田喜直、27才の頃より、NHKから放送劇等の伴奏音楽の仕事が増え始め、NHK「歌のおばさん」から委嘱を受け関根栄一作詞の「いたずらすずめ」を作曲(昭和26年3月放送)。同じく秋に茶木滋作詞「めだかの学校」を作曲(昭和26年1月放送)。                                   昭和24年にNHKで始まった内村直也作の「えり子とともに」の音楽を芥川也寸志から引き継ぐことになりました。                                中田喜直は、この曲を作るに際して、知人の菅原喜兵衛宅がある山形県鶴岡市で見かけた降雪風景から着想を受け、インスパイヤーされたと伝えられています。 現在も鶴岡市では、毎年2月に、『雪の降る町を』 に因んだ 『鶴岡音樂祭』 が開かれ、鶴岡で育った若手アーティスト、地元の合唱団、そして会場に集まった聴衆全員がこの曲を合唱するフィナーレは、壮観、圧巻と言われています。 2月と言えば最も寒い時期ですが、雪の降る町、鶴岡市に一度、足を運んでみたいものです。                            ちなみに、「日本の歌100選」(実際は101曲)の中には、中田喜直作曲の、「おかあさん」「夏の想い出」「ちいさい秋みつけた」「めだかの学校」の4曲が選ばれ、彼の父、中田章作曲の「早春賦」も選ばれてはいますが、『雪の降る町を』の名は何故か見当たりません。
  
『雪の降る町を』 の曲調  
転調による曲調の転換 ドラマティックな展開       

転調(Modulation)と移調(Transposition)の区別がよく分かりませんが、専門書によると、転調は楽曲の途中で他の調に変えることであり、移調は曲全体の調を丸ごと変えることと言われています。                     ギターやウクレレの演奏で、自分の、あるいは、歌い手のKEYに合わせるために使う、弦楽器演奏用補助具として、「カポタスト」(Capotasto)と呼ぶ器具がありますが、これこそ、ギター演奏移調用の至便器具と言えるかも知れませんが、合唱において、移調や転調への対応は、常日頃からの読譜、音源視聴、そして繰り返し、繰り返しの練習にあるものと思います。                            『雪の降る町を』 が、これほど長い間、親しまれ、歌い継がれて来ている理由の一つは、この曲調が日本人の心の琴線に触れ、共感を呼ぶ何かがあるのではと思います。その何かは、内村直也の、春を待つ忍耐強い日本人の感情を表したな詩にもありますが、中田喜直の作曲の手法の一つ、転調にもあるように思います。

『雪の降る町を』はDm(短調)からD(長調)ではなく、いきなり,シャープが三つのA(長調)に転調しています。この転調は余り例を見ない転調といえましょう。           『長崎の鐘』はDm(短調)からD(長調)へ、吉永小百合の『寒い朝』もDm->D, 久保田早紀の『異邦人』もDm->D, カンツオーネの『帰れソリエントへ』 も同様の転調です。     また、中田喜直は、付点8分音符、8分音符の三連音符を多用し,前半の寒くて長い雪国の冬を思い起こさせる、「イ短調」のメロディラインが一転、春の到来を暗示する♯3つがついたA「イ長調」に転調し、期待感をもたせつつ、躍動感のうちに最終章に移り、最後は、「イ長調」の主和音、「A」 Major、「 ド、ミ,ソ、ド」の四声でピークに至り、フィナーレを迎えます。ソプラノさんの「ほほえ み:ファファファソ」 、アルトさんの「ドドドミ」テナーさんの「ラララド」バスの「ファファファド」 には,細心の注意を払いましょう。                                  混声合唱への編曲は、勿論、現在の 『牛久フロイデ混声合唱団』 の力量?を考えられ,さらなる向上、高みを願われて、仁田先生が編曲されたものですが、この『雪の降る町を』も、世界には一つしかない『フロイデ』用の編曲です。練習の度に出される、指摘事項、注意事項を想起し、一致協力を図りながら、自信をもって楽しい合唱造りに励みたいと思います。

―続くー

「第43回 牛久市民文化祭」 シビック コンサート によせて-1 爺河童

2019/09/03 (Tue) 22:37:11


「第43回 牛久市民文化祭」 シビックコンサート によせて-1
今年のシビックコンサートの全体合唱曲「見上げてごらん夜の星を」の合唱音源を、他団体に先んじて、早速、「レパートリー・練習曲」に掲載して頂きありがとうございます。仁田先生に感謝、感謝です。

今年の「シビック コンサート 合唱の部」は、令和元年10月20日(日)午後1時から、牛久市文化ホールで行われることになり、当日までの練習スケジュールや当日の出演概要は、先週の連絡会議で配布された資料に基づいた池永会長初め役員の皆さんから、詳しく説明された通りです。                                 
「牛久フロイデ混声合唱団」の当日の出演順序は、プログラム2番、13:25頃、「牛久男声合唱団」は、プログラム5番、14:10分頃、「混声合唱団ハル」は、プログラム7番、14:40分頃となっています。複数団体に所属している方の休息、衣装替えの時間は一応、確保されています。
「牛久フロイデ合唱団」の演奏曲は「追憶」「雪の降る街を」「懐かしき愛の歌」「みんなで歌おう」の4曲で、今回も4曲すべて、暗譜で臨むことになりました。
全体合唱曲の「見上げてご覧夜の星を」も、暗譜で行きましょう。
暗譜の良さ、素晴しさは、既に頂いた、視聴者の皆さんからのご意見や仁田先生から頂いた講評の通りですが、歌詞の暗譜だけに終わらず、自己のパートの音程、音質の統一を初め、発音、発声、音符の長短、スウィング、テヌート、シンコペーション、メロデイラインの聴き分け、他のパートとの調和、ハーモニー造り、縦の線の調合、曲調、強弱、クレッシェンド、デクレッシェンド、リタルランドなどの指示記号をも含めて、覚え込みましょう。後は、にこやかで堂々とした仁田先生の指揮に従うだけではないでしょうか。

1.「追憶」古関吉雄 作詞、スペイン民謡、仁田悦朗先生       編曲

「追憶」は、アメリカで賛美歌として歌われていた ( Flee as a bird to your mountain )に、明治大学の教授であった、古関吉雄が「星影やさしくーー」の日本語訳をつけ、1939年に唱歌として発表し、今日に至るとされています。米国の詩人メアリ・S・B・シンドラーが、スペインの旋律をもとに、旧約聖書の詩篇(第11篇)に基づいて作詞した賛美歌と、言われており、「小鳥のように向こうの山に飛んでゆけ」を意味する冒頭の1行が主題だそうです。Flee=Flyの文語形。

「追憶」の楽譜は“スペイン民謡”とうたいながら、スペイン語の歌詞が見当たらず、不思議に思っていましたが、合点がゆきました。いつかの「ひととき」の欄に、息子を亡くした年老いた母親の寄稿が載せられていました。“ 生前、音楽が好きだった息子がよく歌っていた「追憶」の英語詩を見つけて、息子に再会したような感慨を持った”―このような趣旨だったと思いますが、母親の息子を思う心情が読み取れて、心が温かくなった覚えがあります。恐らくこの母親が見つけた英語詩は次のような詩ではなかったでしょうか。
Flee as a bird to your mountain
Flee as a bird to your mountain, Thou who art weary of sin; Go to the clear flowing fountain,
Where you may wash and be clean. Fly, for th'avenger is near thee, Call, and the Savior will hear thee; He on His bosom will bear thee, O thou who art weary of sin,

メアリ・S・B・シンドラーは教会のために数多くの讃美歌・聖歌を残していますが、彼女の歌集には、「Adapted to the Most Popular Melodies 」(曲は最も人気のあるメロディを適用した) と注記があり、これは当時広く知られていたメロディに歌詞をつけたことを意味します。1841年発行の彼女の歌集「The Northern Harp」(北の竪琴) に収録された「Flee as a bird to your mountain 」には、「Spanish Melody」(スペインのメロディ)との注釈がつけられており、この曲はスペイン民謡などの音楽からメロディを拝借したことが記されています。
ところで、私たちは、聖歌と讃美歌を混同して使っているようですが、キリスト教派やグループによって日本語の呼称に違いがあるようです。プロテスタント諸派でもグループ間でそれぞれの立場があり、一概には区別はつけられないようですが、分けるとすれば、次のようになるようです。

聖  歌;カトリック教会、東方正教会、
讃美 歌:プロテスタント諸派、日本基督教団

ー続くー




無題 - 仁田

2019/08/29 (Thu) 16:00:59

今年のシビックコンサートに於ける全体合唱曲「見上げてごらん夜の星を」のサンプル合唱を、このサイトの「レパートリー・練習曲」のページに掲載しました。
どうぞお聴き下さい。

6月23日、演奏曲紹介 爺河童

2019/06/18 (Tue) 12:34:11

皆さんにおかれましては、先週の練習時、仁田先生が「録音」され、Homepage にUp頂いた我々の演奏状況を、多くの反省点と共に聴かれたと思いますが、明日は本番に向けてのリハーサルとなります。本番は全て暗譜演奏となりますので、再度、楽譜を慎重に読み解き、先生から指摘された数々の点を思い出し、各パート心を合わせて、臨みたいと思います。

なお、演奏曲について、WEBの手を全面的に借りながら、まとめて見ましたので、参考にしていただければ幸いです。


「第22回ふれあい牛久沼文化の集い」 演奏曲関連情報
        June 18,2019
1.「花」 竹島 羽衣作詞、滝廉太郎作曲、仁田悦朗編曲
「花」は、竹島 羽衣の詩に滝廉太郎が作曲し、1900年(明治33年)11月1日に発表された。「荒城の月」、「箱根八里」と並び広く親しまれている曲のひとつ。「花」は速いテンポの女声二部合唱形式が一般的だが、今回は仁田先生の編曲により、本邦初めての混声四部として発表される。
当時隅田川で盛んであった漕艇(ボートレース、レガッタ)の様子など、春爛漫の隅田川の情景を歌っている。 天才滝廉太郎は23歳の若さで祖父の地、大分に没した。
「船人が」->船人の、「たとうべき」->たとえられない、
「みずや」->見ずや、見ていないの、見るべきです、
「げに,一刻も千金の」->実に、千金の値があるほど素晴しい、※参考:蘇軾の「春宵一刻値千金」からの引用。

2.子守歌メドレー 全曲 仁田悦朗編曲
世界の巨匠たちが世に出した「子守歌」を、仁田先生の編曲により、混声四部合唱メドレーとして発表。本邦初の試み。
⓵「ブラームスの子守歌」 
19世紀のドイツの作曲家、ヨハネス・ブラームス(1833―1897)による作品49「5つの歌曲」の4番目の歌曲とされる。
⓶「シューベルトの子守歌」
「眠れ眠れ 母の胸に」の歌い出しで知られるこの子守歌は、フランツ・ペーター・シューベルト(1797-1828)が19歳の時に作曲した子守歌。
③「モーツアルトの子守歌」
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756年1月27日 - 1791年12月5日)は古典派音楽の代表で、ハイドン、ベートーヴェンと並んでウィーン古典派三大巨匠の一人。
ねむれよい子よ庭や牧場には「モーツァルトの子守歌」として広く知られているが、最近の研究で、医師でアマチュア作曲家ベルンハルト・フリース(Bernhard Flies)、またはフリードリッヒ・フライシュマンの作であることが分ったとされている。

3.「追憶」 “Flee as a bird to your mountain” スペイン民謡、仁田悦朗編曲

「追憶」は、アメリカで賛美歌として歌われていた (Flee as a bird to your mountain)に、明治大学の教授であった、古関吉雄が「星影やさしくーー」の日本語訳をつけ、1939年に唱歌として発表され今に至る。
詩人のメアリ・S・B・シンドラーが、スペインの旋律をもとに、旧約聖書の詩篇(第11篇)に基づいて作曲した賛美歌と言われている。「小鳥のように向こうの山に飛んでゆけ」を意味する冒頭の1行が主題。

4.「ラスト ワルツ」 仁田悦朗編曲
エンゲルベルト・フンパーディンク(Engelbert Humperdinck, 1936年5月2日 - )
の持ち歌として、一世を風靡した、ジャズ風ワルツ曲。仁田先生による混声四部編曲。ンゲルベルト・フンパーディンクは、イギリスのポピュラー音楽の歌手。本名はアーノルド・ジョージ・ドーシー(Arnold George Dorsey)で、父が駐屯していたインドで生まれた。  名はドイツの作曲家エンゲルベルト・フンパーディンクに由来する。 甘いマスクでバラードを得意とするフンパーディンクはしばしば「キング・オブ・ロマンス」と称され、トム・ジョーンズとともに1960年代から1970年代にかけて、女性を中心に絶大な人気を誇った。「リリース・ミー」、「ラスト・ワルツ」、「愛の花咲くとき」、「太陽は燃えている」などのヒット曲がある。
The Last Waltz
I wonder should I go or should I stay
The band had only one more song to play
And then I saw you out the corner of my eye
A little girl, alone and so shy

5.「旅立ちの日に」
小嶋登作詞、坂本浩美作曲、松井孝夫編曲
『旅立ちの日に』は、1991年に埼玉県の秩父市立影森中学校の教員によって作られた合唱曲。作詞は当時の校長であった小嶋登、作曲は音楽教諭の坂本浩美による。編曲は、松井孝夫。近年では卒業ソングの定番として認知されている。原曲は変ロ長調。今回の発表は、混声三部形式。
歌の誕生まで: 秩父市立影森中学校の校長だった小嶋は当時、荒れていた学校を矯正するため「歌声の響く学校」にすることを目指し、合唱の機会を増やした。最初こそ生徒は抵抗したが、音楽科教諭の坂本と共に粘り強く努力を続けた結果、歌う楽しさによって学校は明るくなった。 出来上がった曲は、「3年生を送る会」で教職員たちから卒業生に向けてサプライズとして歌われた。この年度をもって小嶋登は41年間に及ぶ教師生活の定年を迎えて退職したため、小嶋が披露したのはこれが最初で最後となった。元々はこの1度きりのため作られたはずであったが、その翌年からは生徒たちが歌うようになり、今は中高校の卒業式の定番曲として歌い継がれている。

楽譜ダウンロードできます - 仁田

2019/04/21 (Sun) 18:42:04

NHK朝ドラ「なつぞら」の楽譜(PDFファイル)を
ダウンロードしていただくことができます。
Aは、ピアノ伴奏つき
Bはメロディーのみの楽譜です。
A→http://www.serversman.net/imuse-node/natu.pdf
B→http://www.serversman.net/imuse-node/natuzoramelo.pdf

採譜・作成してみました - 仁田

2019/04/11 (Thu) 20:38:11

NHKの新しく始まった朝ドラ「なつぞら」の主題歌を
採譜して音声合成システムで歌わせてみました。
主題歌の『優しいあの子』は、朝にふさわしいさわ
やかな印象の曲で、すんなりと耳に入ってきて多く
の人に親しまれるそうな歌に思えました。
Youtubeで視聴できます。
https://youtu.be/yuAysK89rqo

ありがとうございました - 仁田

2019/03/09 (Sat) 20:05:51

本日3月9日(土)に土浦三中地区公民館で開催されました
「ふれあいコンサート」に、牛久フロイデ混声合唱団から
たくさんの会員の皆様にお越しいただき、誠にありがとう
ございました。
お陰様で、合唱同好会「金曜の会」のメンバーも会場一杯
のお客様の前で発表出来たことに、手応えを感じ、嬉しか
ったと感想を洩らして下さいました。
誕生して三年しか経たない、しかも月二回という少ない練
習回数での同好会です。まだまだ“伸び幅を持った”合唱団
ですが、皆さん熱心に取り組んでおいでで、その姿勢に後
押しされながら、なんとかお力になれるようにと努めてい
るところです。
実際ステージに立つと、緊張のせいか思いがけないことも
多々ありましたが、皆さん楽しく歌えたことと思います。
これからも、姉妹合唱団として温かく見守っていただけれ
ばと思います。
本日は誠にありがとうございました。

ご来場御礼 爺河童

2019/02/10 (Sun) 18:34:36

  今日、「牛久フロイデ混声合唱団」のオフィシャルサイトへアクセスしましたところ、偶然ですが、開設以来ちょうど52,000回目のヒッターになりました。
  新正月の始まりから体調を崩し皆様にはご迷惑をおかけしましたが、暦は巡り時は旧正月?「春節」となり幸先の良い兆しになればと願うところです。
  昨日、2月9日(土)、悪天候の中、予定通り、「牛久男声合唱団」創立10周年記念演奏会「第二回リサイタル」を開催いたしました。253席の「エスカードホール」を満席にすることはできませんでしたが、足許不如意の中、沢山のお客様にお越し頂きました。牛久市、龍ヶ崎市の音楽団体、合唱団体から、そして、「牛久フロイデ混声合唱団」からも、池永会長はじめ多くの方々にご来場頂き、心強さを感じつつ、緊張と高揚の中で合唱することができました。 
  「アンケート」にお寄せいただいたご意見を今後の合唱活動に生かして行いたいと思います。
  ありがとうございました。


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